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松山地方裁判所西条支部 昭和38年(ワ)40号 判決 1964年7月15日

原告 日浅包治

被告 倉敷レイヨン労働組合

主文

被告が昭和三七年一二月一九日原告に対してした原告の組合員としての権利の全部を四年間停止する旨の処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は主文第一項同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は被告倉敷レイヨン労働組合の組合員であるが、被告組合は昭和三七年一二月一九日原告の組合員としての権利の全部を四年間停止する旨の処分をした。而してその理由とするところは、原告のした次のような行為、即ち

被告組合が昭和三七年二月開催の定期大会において、同年中に行われる予定の参議院議員選挙に民主社会党公認候補予定者高山恒男を支持推薦する旨決議したのにかかわらず、同年七月一日に施行された右選挙に際し、原告が日本共産党公認候補鈴木市蔵の選挙運動を行つたこと、

が組合規約第二六条第一号所定の制裁事由「組合の決議に違反したとき」に該当する、というにある。

二、しかしながら右権利停止処分は次の理由により無効である。即ち、労働組合は労働者としての組合員の経済的社会的地位の向上をはかることを主たる目的として組織される団体であり、従つて組合員に対する統制権も前記目的達成のためその団結を維持するに必要な限度においてのみ行使さるべきものであるところ、労働組合が特定の政党を支持したり公職選挙の際特定の候補者を支持推薦するが如きはその目的外の政治活動に属し、これを組合員に強制することは統制権の範囲を逸脱し、許されないものといわなければならない。しかのみならず個々の組合員の有する思想信条の自由、表現の自由、従つて政党支持政治活動の自由は、何びとも又如何なる場合にもこれを侵し得ない基本的人権であつて、労働組合に加入したことの故をもつて制約を受ける性質のものではないから、この見地からしても右のような特定候補者の支持推薦決議を組合員に強制し得ず、かかる決議は、せいぜい組合員に対し「できるだけ該候補者を支持してほしい」という教育的、訓示的意義しか持たず、組合員を法律上拘束しうるものではない。したがつてかかる決議に違反したことを理由として統制権を行使することは違法である。

三、このように被告組合のした前記権利停止処分は無効であるにも拘らず被告組合はこれを認めないので、本訴により右無効なることの確認を求める。

第三、被告の答弁

一、原告主張の請求原因のうち、原告が被告組合の組合員であること、被告組合が原告主張のような権利停止処分及び高山恒男の支持推薦決議をしたことは認めるが、右権利停止処分の理由に関する原告の主張は争う。

二、被告組合が原告を前記処分に付した理由は次のとおりである。

即ち

原告は、被告組合が前記高山恒男の支持推薦決議をしたことを知悉しながら、昭和三七年五月から同年六月中旬の間において被告組合の支持する民主社会党とは全く主義政策を異にする日本共産党の公認候補者鈴木市蔵(全国区)及び井上定次郎(愛媛地方区)を支持し両候補を当選させる目的で多数の組合員宅を戸別に訪問し、その際同党機関紙「アカハタ」(同党公認として立候補を予定されている者の氏名及び写真を掲載したもので、且つ前記両候補の氏名に赤インキで目印を施したもの)並びにパンフレツト(両候補の人物略歴を記載したもの)を配布して両候補に対する支持協力方を依頼し、もつて主として組合員を対象に組合の前記決議に反対の政治運動を行い、しかも同年六月一五日頃被告組合西条支部長前川城が原告に対しかかる行動を中止するよう警告したに拘らずその後も反省することなく右行動を続けた。そこで被告組合は原告の以上の行動を組合の団結と統制秩序をみだすものと認め、組合規約に基き所定の手続を経て前記処分を行つたのである。

三、なるほど労働組合は組合員の経済的地位の向上をはかることを主たる目的とするものではあるが、現時の社会情勢の下においては、経済と政治とは密接につながり、政治問題をぬきにして労働者の経済的地位の向上は考えられず、従つて労働組合は前記目的を達成する為に必要な限度において当然政治活動もなし得るのであり、特定政党を支持することあるいは公職選挙に際し特定の候補者を支持推薦することは、労働組合がその本来の目的を達成するための手段として当然なしうる行為に属するといわねばならない。しかして思想信条の自由、政治活動の自由は憲法の保障する基本的人権であるから、労働組合としてもかかる個人の自由に干渉することはできないけれども、これらの自由も決して絶対的なものではなく他の自由との関係において相対的に認めらるべきものであつて、労働者が労働組合に加入した以上は、組合員として、組合目的を阻害するような政治活動をなし得ないことは当然であり、組合員のそのような政治活動に対しては組合として或る程度の制限を加え得るものと云わねばならない。従つて組合が特定候補者の支持推薦を決議した以上、組合員が組合内において右決議に反する政治活動を積極的に行うことは組合の団結と統制をみだすものというべく、本件においても、被告組合は単に原告が決議に従わなかつたことのみをもつて理由とせず、前記の如き原告の行為が右に述べた意味において被告組合の団結と統制をみだすものであることを理由として前記処分を行つたのであるから、そこに何ら違法のかどはない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

原告が鈴木市蔵らの為の選挙運動として被告組合所属の組合員宅を戸別に訪問したことは認めるが、原告がそれを主として組合員を対象に行つたとの点従つて原告の行為が組合の団結と秩序をみだすものであるとの点は否認する。

第五、証拠<省略>

理由

一、原告が被告組合の組合員であること、及び、被告組合が昭和三七年一二月一九日、原告の組合員としての権利の全部を四年間停止する旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。

そこでまず右処分がいかなる理由に基いてなされたかにつき検討する。成立に争いのない乙第一号証によると被告組合が組合員に制裁を課し得る根拠規定は被告組合の規約第二六条であり、同条は制裁事由として「組合員が次の各号の1に該当する行為があつたときは、決議機関の議決を経て制裁を受ける。(1)組合の規約または決議に違反したとき(2)組合の統制秩序をみだす行為のあつたとき(3)正当な理由なく組合員としての義務を怠つたとき(4)組合員としての品位を失墜し、組合の名誉を汚損したとき(5)故意に組合に対して経済的損害を与えたとき」と規定している。ところで原告は右規定の第一号により本件の処分を受けたと主張し、被告訴訟代理人は右規定の第二号を主とし併せて第一号第三号第四号(文言やや明確をかくが第三号第四号の主張もあると解す)により処分した旨主張するが、成立に争のない乙第三号証、証人清家治、同前川城の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると、被告組合は、原告が次のような行為をなしたこと、即ち

昭和三七年二月開催の被告組合定期大会において同年中に施行予定の参議院議員選挙に民主社会党公認として全国区から立候補する予定の高山恒男を支持推薦する旨の決議が為されたことを熟知しながら、同年七月一日に施行された右選挙に際し、同年三月頃から六月頃までの間、日本共産党公認全国区候補鈴木市蔵の当選を得させる目的をもつて、主として被告組合所属組合員の家庭を対象に戸別訪問を行つて同候補への支持を依頼する等の選挙運動をし、且つその間被告組合から右行為をやめるよう警告を受けたにも拘らずこれを継続した。

との事実を認定したうえ、右行為が前記組合規約第二六条第二号に該当することを主たる理由としつつ、なお同時に同条第一号、第三号及び第四号にも該当するとして前記処分を行つたものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。よつて進んで右処分理由の当否について順次判断する。

二、原告の選挙運動と組合規約違反

(一)  被告組合が昭和三七年二月開催の定期大会において、同年中に施行予定の参議院議員選挙に民主社会党公認として全国区に立候補する予定であつた高山恒男を支持推薦する旨決議したこと、及び、原告が同年七月一日に施行された右選挙に際し、日本共産党公認として全国区に立候補した鈴木市蔵の選挙運動をしたことは当事者間に争いがなく(なお前記高山恒男が右選挙に予定通り立候補したことは公知の事実である。)、これによれば、原告の右選挙運動は、形式的には、右被告組合が行つた支持推薦決議に違反したものということができる。しかしながら労働組合の右のような決議の効力については慎重な検討を必要とする。

労働組合は労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図るとしてこれを是認すべく、労働組合が政治団体でないことの故を以てこれを禁止すべきものではない。しかしその決議の効力は、組合を構成する個々の組合員に対する関係においても、単に勧告的意義を持ち得るに過ぎず、組合は決議の内容を組合員に周知せしめ、それによる組合員の自発的協力という実際的な効果を期待し得るに止まるものというべきであつて、それ以上に組合員に対し、組合が支持推薦を決定した以外の候補者乃至政党のために選挙運動をなすことを一般的に禁止するまでの法律的な効力を持つものではないと解すべきである。けだし、政治と労働者の経済的地位の向上との間に密接な関連のあることは前述の通りだとしても、それは極めて一般抽象的な意味においていい得るに過ぎないことであり、特定政党の勢力の消長乃至は特定候補者の選挙における当落の如きは、特定労働組合の組合員の経済的地位の維持向上との間に何等直接具体的なかかわり合いがなく、かかる一般的事項をも労働者の経済的地位と関連ありとして組合の目的の範囲に包摂せしめ、これにつき何等かの決議を行い、決議違反の組合員に対し統制権を行使し、制裁を課するが如きは余りにも統制権の範囲を拡大するものとして妥当とはいえず、むしろかかる事項は組合目的達成のために必要有益な範囲を逸脱したものというべきだからである。若しかかる事項にも組合の統制権が及び、その決議違反が制裁の対象となるものとすれば、多数決による組合の決定と相容れない政治上の主義主張を有する組合員は、一般市民としての政治活動の自由か、或は、組合員としての利益、権能か、のいずれかの放棄を強いられる立場におかれ、これは、組合に対しては、その本質及び存立目的に鑑み過ぎたる権限の附与となり、一方組合員に対する関係では、その有する前記政治活動の自由の侵害を意味し、その結果は極めて不当であるといわなければならない。

以上の次第であるから被告組合の前記大会決議も法律的には何ら組合員を拘束する効力なく、組合は単に右決議に従わなかつたとの理由を以て、組合員に制裁を課することは許されない。

そうすると、本件において、決議違反(規約第二六条第一号)を理由として原告に制裁を課することは許されず、従つてまた右決議違反の事実のみをもつて前記その余の制裁事由に該当するとなすこと(前記規約第二六条の文言からすれば、場合によつては、一つの事実が同時にいくつかの制裁事由に該当することがありうる。)も許されないといわねばならない。

(二)  次に被告は原告の前記選挙運動が主として組合員を対象としてなされているから、組合の統制秩序をみだし規約第二六条第二号に該当すると主張するので、この点につき検討するに、確かに、組合員の行為が政治活動に属し、その面からは組合の統制権が及ばぬ場合であつても、その行為が組合の組織、構成、施設等を通じて行われる等、その行われる態様や、場所、その他該行為に随伴する諸種の事情によつては、組合の統制をみだし組織を攪乱する場合もありうるのであり、かかる場合に労働組合がその行為を禁止し又その行為に対して制裁を加えることは、労働組合がその団体としての存在を維持し秩序を保つために必要なこととして肯認しなければならない(但し、この場合においても、組合が禁止又は制裁を加えることができるのは、組合員の政治活動それ自体ではなく、右政治活動に伴つて具体的に生じる組合に対する侵害行為なのである。)。

そこで原告の行つた前記選挙運動についてその具体的態様をみるに、まず、成立に争いのない乙第二号証、証人清家治、同前川城、同高橋久男、同今井菊夫、同藤原躾雄、同徳永輝男の各証言を綜合すれば、原告は前記選挙運動として、被告組合西条支部所属の組合員の家庭約五〇戸を戸別に訪問し、その際日本共産党機関紙「アカハタ」(同党公認として立候補を予定されている者の氏名及び写真を掲載してあるもので、且つそのうち前記鈴木市蔵及び同党から愛媛地方区に立候補する井上定次郎の氏名に赤色マジツクインキで目印を施したもの)、鈴木市蔵らへの支持を依頼する旨記載したパンフレツト、並びに、原告の名刺を交付し、帰り際に「この付近に倉レに勤めている人はいないか」とそれらの者の住所の教示を求めていることが認められ、この事実は一見原告の選挙運動が主として組合員を対象になされたとの被告の主張を裏付けるかの如くであるが、他方原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は、日本共産党の党員であつて、しかも昭和三六年一一月頃に前記鈴木、井上らが立候補予定者となつて後まもなく西条地方における両候補後援会の事務局長となつていたものであり、しかしてすでにその頃から一党員として又右後援会事務局長として(前認定戸別訪問の際原告が使用した名刺には右事務局長の肩書が印刷されてあつた)、同党の政策宣伝を兼ねて、文書による宣伝、街頭での宣伝あるいは友人知人らの訪問等の選挙運動を日常活動として継続して行つて来ており、そのうち戸別訪問の数だけでも、被告組合が高山恒男の支持推薦決議を行つた昭和三七年二月頃から選挙施行までの間において数百戸にのぼるもので、前認定組合員宅への戸別訪問は数の上において極く一部に過ぎず(なお証人藤原躾雄、同横山為三郎の各証言によれば被告組合西条支部所属の組合員の数は二千人を超えることが認められ、これによれば、そのうち未成年の組合員も相当数いることを考慮しても、原告が訪問した組合員宅約五〇戸というのは組合員全員の極く一部であるといえる。)、また右戸別訪問の方決も、別に計画立つたものではなく専ら会社から帰宅する途中思いつくまま足の赴くままに行つていたものであつて、前認定のように組合員宅をも対象とはしているがとくにそれに重点をおいた訳ではなかつたこと、また戸別訪問以外の態様における選挙運動も会社の構内や勤務時間中になされたものでないことが認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定の事実関係によつてみれば、原告が行つた鈴木市蔵らのための選挙運動は、その全期間を通じ、日本共産党の党員としてあるいは前記後援会事務局長としての立場においてなされた政治活動にほかならず、一組合員としての立場から組合員に働きかけたものでないことはもちろん、その他方法的にも場所的にも組合の統制をみだしあるいはみだす虞れのあるようなものではなかつたと認めるのが相当である。従つて原告の右行為は組合規約第二六条第二号に該当せず、もちろん同条第三号第四号に該当するものでもないから、これらを理由として原告に制裁を課することは許されない。

三、警告無視と組合規約違反

昭和三七年六月中旬頃被告組合西条支部長前川城が原告に対しその選挙運動を止めるよう警告したことは証人前川城、同清家治の各証言によつてこれを認めるに足るが、原告の選挙運動が前述のとおり何ら組合規約に違背するものでない以上、被告組合としてその中止を求め得るいわれはないのであるから、右警告に従わないことを理由に原告を制裁に付することの許されないことは明らかである。

四、以上のように被告が本件処分の理由として主張する原告の行為はいずれも制裁の対象とすることのできないものであり、従つて本件権利停止処分は、違法無効たるを免れないところ、被告組合がこれを有効視して現在右処分を実行していることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、原告は右無効なることの確認を求める利益を有するというべく、本訴請求は理由がある。

よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎順平 南新吾 青野平)

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